総評
応募総数は45作品で1~2次審査を経て現地審査の対象となったのは9作品であった。審査員が現地に赴き応募者の熱心な説明を受けながら現地審査を行った。その後の最終審査では各審査員の報告を受け活発な議論が交わされた後、9項目からなる評価項目により採点及び審議が行われ、今年は8作品が受賞の栄誉に浴することになった。受賞作品はどれも当該空間での新たな光にチャレンジする姿勢が見え、美しい光の先にある次代の照明のあり方を示唆するものであった。
(審査員長 富田泰行)
建築、空間の設計の中で照明ほど最後の完成まで正解がわからず、設計の難しいものはないと実感している。光は物資的なものではなく、相対的に決定される状態なので、とても繊細で微妙な匙加減で大きく効果が変化してしまう。全体の印象としては照明=光がそのプロジェクトにおいて可能性をどれだけ広げられたかということが大切なポイントだったように思う。地域活性に光が大きく貢献した「長門湯本温泉観光まちづくり」「金沢港 加賀五彩を纏う」。光によってその場所の魅力が増すことにより今後多くの人がこの場所を訪れるきっかけを作り出している。最優秀賞の「藤田美術館」は自然光と人工光を織り混ぜたきめ細やかな照明設計により、建築空間の魅力を最大限に活かしている。光が場所、空間などとの融合により新しい価値を生み出してくれることを今回の多種多様な照明プロジェクトの審査を通じて改めて実感した。
(永山祐子)
最優秀賞:藤田美術館
撮影:伊藤 彰(アイフォト)
- 受賞者:
- 平井 浩之(大成建設株式会社)
宮本 育美(大成建設株式会社)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 藤田 武利(公益財団法人 藤田美術館)
- 建築設計:
- 渡邉 智介(大成建設株式会社)
- 設備設計:
- 菅原 圭子(大成建設株式会社)
- 共用部監修:
- 森 秀人(Lighting M)
- 展示監修:
- 会津 寿美子(株式会社トータルメディア開発研究所)
作品コンセプト:
敷地は大阪市の中心部、明治半ばから大正期にかけて関西経済界で大きな功績を残した藤田傳三郎(1841-1912)の邸宅跡地である。1911年に建設された収蔵庫の老朽化に伴い建替えが決定された。かつて網島一帯が藤田家の大邸宅であった土地の記憶を呼び戻すべく、地域貢献への強い思いのもと、公園や道路との境界に存在していた高い塀を撤去して自由にだれでも出入りできる土間スペースを設けた。イベントや美術品の展示も出来るよう配慮した照明は調色・調光を可能とし多様な利用を想定している。南向きのハイサイドライトから光ダクトを介して取り入れる太陽光は、奥行の深い建物内部に季節・時間毎に移り行く自然を体感できる。夜の照明だけでない昼の光の制御にも注力した。日が暮れると共に浮かび上がる庇は大きな羽のように人々を迎え入れる。新たに人が集う場を作る事でより地域に根差し、街のシンボルとして開かれた美術館を目指す。
講評:
先ず特筆すべきは、地域に開かれたユニークな施設を象徴するガラス張りで開放的な「土間」と呼ぶエントランスホールだ。「お茶やお団子を食べながら美術を通じて色々な人と交友が持てる場」と言うように、この土間には様々なイベントに対応する照明設備が設計されている。人々を迎え入れるための解放された表情は、南向きのハイサイドライトから差し込む太陽光と夜間のリニアな間接照明により成立している。昼夜共に変化するこの鉛直面照明のディテールが漆喰壁の温かさを十分に表現する。
このような照明デザインのアイデアは展示室や離れの茶室にも行き渡っている。展示室では旧美術館の木材を再利用したユニークな天井ルーバーが空調・消火・照明設備などを飲み込む景色を創り、茶室には光ダクトを駆使した採光窓なども作られている。
この積極的で精緻な光のデザインは、建築意匠と照明設備の統合による建築照明デザインの真髄を、余すところなく示すものとして高く評価された。
(面出薫)
優秀賞:金沢港 加賀五彩を纏う
写真提供:石川県金沢港湾事務所
- 受賞者:
- 近田 玲子(株式会社近田玲子デザイン事務所)
野澤 寿江(株式会社近田玲子デザイン事務所)
高永 祥(株式会社近田玲子デザイン事務所)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 石川県
- 企画:
- 石川県土木部港湾課
- 設計監理:
- 石川県金沢港湾事務所
- 建築設計:
- 石川県土木部営繕課
- 建築設計:
- 株式会社浦建築研究所
- 設備設計:
- アルスコンサルタンツ株式会社
作品コンセプト:
クルーズターミナル新設に伴い、新たな観光資源の創出を目的に計画された金沢港ライトアップのコンセプトは『金沢港 加賀五彩を纏う』。伝統工芸の加賀友禅に用いられる「加賀五彩/古代紫、燕脂、藍、草、黄土」の5色を基本に、湾を囲む様々な施設を光で結び、全長4kmにわたるダイナミックな光の動きと共に港の大きさを実感するプログラムで、夜間に訪れる人の無かった港は地元の人々に愛される新たな名所となった。
講評:
金沢というと、JR金沢駅の東口側に「加賀百万石」を背景に開けた、北陸の代表的な文化都市というイメージがある。そんな金沢駅の反対側、西口から15分ほどレンタカーを走らせると金沢港が見えてくる。港湾事業の産業地として日本海へ開けた港に、海外からの豪華客船を含む、国際的な観光拠点として整備された照明デザインが評価された。
金沢の伝統工芸「加賀友禅」の基本的な5色の光で、港湾内を廻る管理主体の異なる施設(クルーズターミナル広場・セメントサイロ・ガントリークレーン・橋・巡視船など)を、幻想的に結ぶことにより、石川県による新たな観光拠点を創出するプロジェクトである。
施設の竣工後、世界的な新型コロナウイルス感染症の蔓延により、未だ豪華クルーズ客船の来航を果たすことが叶わず、この施設の本来の目的を達することができていないのが残念なことではあるが、既に昼夜の景観を楽しむ姿を見ることができた。更なる展開に期待したい。
(木下史青)
優秀賞:長門湯本温泉観光まちづくり
撮影:下村康典
- 受賞者:
- 長町 志穂(株式会社LEM空間工房)
熊取谷 悠里(株式会社LEM空間工房)
木村 隼斗(長門湯本温泉まち株式会社)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 江原 達也(長門市長)
- 全体事業推進:
- 泉 英明(有限会社ハートビートプラン)
- ランドスケープデザイン監修:
- 金光 弘志(有限会社カネミツヒロシセッケイシツ)
- 設備設計:
- 吉田 矢(株式会社綜合計画)
- システム設計:
- 伊藤 貴史(ウシオライティング株式会社)
- 照明器具設計:
- 兵藤 真一郎(SD Lighting株式会社)
作品コンセプト:
衰退した温泉地を公民の強い連携によって再生したプロジェクトで、大規模な土木改修と共に、仕組み作りから活用までを一体的に行っている。照明計画は「絵になる風景・回遊性の創出」をミッションに、温泉地全域での照明制御のもと新旧すべてのエリアをデザインしている。川や緑、既にある橋梁等この地の持つ本来の魅力を活かす夜景づくりを念頭に、季節毎のシーン変化や閑散期対策の演出なども想定した拡張性のある計画である。
講評:
時代の流れの中で衰退しつつあった温泉地を整備し、魅力的な温泉街とするための公民連携のまちづくりプロジェクトである。その中で夜間景観の整備の重要性が当初から位置づけられ、温泉街全域の照明改修にまで広がったことで、温泉街全域を照明制御することが可能になっている。時間帯や特定日でのプログラム制御では、エリアごとに個々に光の減光や消灯、カラー演出等の制御を行い、温泉街の夜に新たな表情を加えている。
温泉街に川が流れている景色はよく見られるが、夜になると川や河川域は闇に消えていることが多い。しかしここでは、川には橋の間接光が連なり、護岸の樹木はライトアップされ、飛び石や河川そのものにも光が向けられることで、夜にも「写真を撮りたくなる」「そぞろ歩きしたくなる」気持ちにさせる親水性のある夜間景観が作り出されている点が高く評価された。
(原田武敏)
優秀賞:ZOZO本社屋
撮影:Koji Fujii / TOREAL
- 受賞者:
- 中村 拓志(中村拓志&NAP建築設計事務所)
成山 由典(株式会社竹中工務店)
麻田 勝正(株式会社モデュレックス)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 株式会社ZOZO
- 設備設計:
- 鈴木 宏彬(株式会社竹中工務店)
作品コンセプト:
西千葉の街中に平屋に近いオフィスをつくり、街と共に成長するオフィスを目指した。街全体をオフィスととらえる「領域型オフィス」を目指し、内外装が連続するデザインにより、街との連続感を創出した。グレアの少ない照明機器を採用し、特徴的な木格子の傾斜屋根の中に納めることで、極力目立たなくさせている。やわらかく温かみのある光により屋根を浮かび上がらせ、地域のシンボルとなる建築として、地域住民に親しまれている。
講評:
箱型の建物が建ち並ぶ一帯に企業哲学を体現するようなオフィスが姿を現した。平屋に近く親しみのわくスケールの建物は特徴的な勾配屋根が美しいスカイラインを形成している。昼間、うっすらと見える室内の表情が日没とともに浮かび上がりオフィス内のアクティビティが見えてくる。周辺とつながることを意識した企業スタイルが街との共存関係を生み出す。柔らかい布のような天井は木格子で構成され、照明を含む設備類は目立たないよう格子の中に納められている。レギュラーに配置されたスポットライトで水平面照度を確保し、その反射光が柔らかい傾斜天井をほんのり浮かび上がらせている。オフィス内のフリーアクセスを目指し、高低差の大きい不均質な気積の中でも安定した照度を確保できるようデジタル制御に注力している。また100点を超えるアートワークが照明でピックアップされ、オフィス内を彩り空間を活性化しているのも新たなオフィスのあり方であるようだ。
(富田泰行)
入賞:総持寺 客殿ポタラ
撮影:Tamotsu Kurumata
- 受賞者:
- 戸恒 浩人(有限会社シリウスライティングオフィス)
小林 周平(有限会社シリウスライティングオフィス)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 中西 隆英(宗教法人総持寺)
- 建築設計:
- 広谷 純弘(株式会社アーキヴィジョン広谷スタジオ)
石田 有作(株式会社アーキヴィジョン広谷スタジオ)
堀部 雄平(株式会社アーキヴィジョン広谷スタジオ)
山田 悦史(株式会社アーキヴィジョン広谷スタジオ)
作品コンセプト:
創建1140年の歴史をもつ総持寺の境内に造られた寺カフェ。特徴的な屋根群は、観音様が降り立つとされる補陀洛(ポータラカ)の山並みから着想を得ている。この美しい段状の木天井の造形を、無垢な姿のまま感じられるように、空中に浮かばせた極細のフレームに照明を集約し、空間全体の明るさを確保した。
住宅に囲まれた高台の上に建つこのカフェは、夜になると行燈のように灯り、行き交う人々に安心感を与えてくれる。
講評:
主に昼間に利用される施設で、空中に浮かぶ照明フレームには、天井広く覆う木で段状のテクスチャを天窓からの光と協調して引き出すための照明光源と、カフェのテーブルを照らすダウンライト照明光源を高度に集約しており、空間に無粋な設備や配線が現れていない。天井面とフレームの下端が相まって構成する水平面が空間ボリュームの起伏の中に適度な規律を与えており、照明フレームが空間を構成する要素としての役割を担っている。
(原直也)
入賞:高槻市 安満遺跡公園
- 受賞者:
- 村井 俊彦(㈱INA新建築研究所 西日本支社)
谷口 桃子(㈱INA新建築研究所 西日本支社)
長町 志穂(㈱LEM空間工房)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 高槻市 街にぎわい部 歴史にぎわい推進課
独立行政法人 都市再生機構 西日本支社
- 建築設計:
- 北 伸一朗(㈱INA新建築研究所 西日本支社)
- 照明設計:
- 熊取谷 悠里(㈱LEM空間工房)
作品コンセプト:
22ha におよぶ弥生時代の大集落跡を整備した遺跡公園には、再現された居住域を表す環濠や墳墓・水田等と共に、市民が活用できるパークセンターやカフェ、プロムナード、大屋根広場等が点在する。本照明計画はそういった歴史的ランドマークの演出を軸に、利活用を誘発するような建築照明・公共空間照明を目的に応じて丁寧にデザインしている。
現在は日中から夕刻まで多くの市民でにぎわう高槻市を代表する公園施設となっている。
講評:
弥生時代の住居跡を示す「環濠」(マウンド)を廻る法面を、LED照明の制御テクニックで浮かび上がらせ、2つの高架式鉄道(JR、阪急電車)から認識される。高槻市の中心に存在する歴史遺産が、現代の市民にとってのアイデンティティを示す空間として創出された。
ともすれば「負」の広場になりそうな遺跡跡だが、地域住民のみならず、訪問者にとっての観光拠点としても、昼夜をまたいで「生き生き」と使われていることが高評価を得た。
(木下史青)
入賞:新電元工業朝霞事業所
撮影:近代建築社
- 受賞者:
- 松本 浩作(有限会社スタイルマテック)
橋本 竜一(株式会社安藤・間)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 新電元工業株式会社
- 建築設計:
- 株式会社安藤・間
- 照明設計:
- 有限会社スタイルマテック
作品コンセプト:
拡散光で満たされ、季節・時刻・天候など移ろいゆく外部環境の光の変化を身近に感じられるアトリウム空間と、隣接するニュートラルなオフィス空間を一体化し、光の多様性を保ちながら建物全体の一体感を作りだすことがテーマであった。グレアを防ぎ天井に光を拡散させるオフィス照明や、各部の間接照明は概日リズムに沿った運転を行い、アトリウムの自然光となじませつつ明るさ感を連続させ、全体の一体感を生み出している。
講評:
2つのオフィス棟の中央にアトリウムがあり、アトリウムからも採光が得られている。執務室とアトリウムをつなぐ通路部分も解放されているため、全体に開放感が感じられた。照明は建築デザインを生かすように鉛直面の壁面や階段手摺などに内蔵されているため、器具の存在感を抑えながら必要な明るさが得られている。眩しさを抑えるよう既製品を加工したオフィス照明は、サーカディアン照明として色温度と照度が変化するように制御され、利用者にも配慮されていた。
(福多佳子)
審査員特別賞:Creative Media Lounge
撮影:山内紀人
- 受賞者:
- 小林 浩(大成建設株式会社)
勝又 洋(大成建設株式会社)
涌井 匠(大成建設株式会社)
- 作品関係者:
- 事業主:
- 猪里 孝司(大成建設株式会社設計本部)
- 建築設計:
- 廣澤 克典(大成建設株式会社)
松岡 弘樹(大成建設株式会社)
作品コンセプト:
従来の均質な光環境のオフィスとの差別化を図り、健康で自由に働く執務環境を目指した、やさしい光に包まれたワークプレイスである。木枠に照明を組込み、半透明の波板ポリカで挟んだ間仕切壁は、光を拡散し、視線と音を制御し、従業員同士の適度な距離感を保つ。身近な材料を組み合わせることで、超ローコストで、汎用性が高く、誰でも簡単に作ることができるように設計した。
講評:
内照式パーティションによるオフィス照明の新しい提案である。パーティション側面はポリカーボネートの波板で構成され、その上下にLEDライン照明が内蔵されている。パーティションは丁番で連結されているため、ジグザグの角度によって机の配置にも自由に対応できるようになっている。下側のライン照明では天井面への間接照明効果が得られ、上側のライン照明では机上面の明るさも得られ、パーティションによるタスクアンビエント照明の効果が得られていた。
(福多佳子)